お急ぎの方はコチラ
受付時間:平日9:00 - 18:00
擁壁の計算を任されたものの、どこから手をつければいいか迷っていませんか。
擁壁計算は「転倒・滑動・支持力」の3つを順に確認すれば、全体像がつかめます。本記事は、はじめて擁壁の安定計算を担当する土木設計者や施工管理者に向けた内容です。それぞれの計算式と必要な安全率を、重力式擁壁の数値例つきで整理します。
読み終えると、3項目の計算の流れを自分で一通り追え、種類別の注意点や専門的な検討が必要なケースまで判断できるようになります。
擁壁計算とは、土を留める擁壁が壊れずに安全に成り立つかを確かめる計算です。中心になるのが「安定計算」で、転倒・滑動・地盤支持力の3項目を確認します。この3つはどれか1つでも不足すると擁壁が変状するため、すべてを同時に満たす必要があります。まずは各項目が「何に対する安全か」を押さえましょう。
| 検討項目 | 何を確認するか | 主な抵抗要素 |
|---|---|---|
| 転倒 | 擁壁が前に倒れないか | 擁壁の自重 |
| 滑動 | 擁壁が前に滑らないか | 底面の摩擦力 |
| 地盤支持力 | 地盤が荷重に耐えるか | 基礎地盤の支持力 |
出典:__農林水産省|農道(技術書・設計)__
転倒に対する安定は、擁壁が背面の土圧で前に倒れないかを確認する計算です。背面土からの土圧が擁壁を倒そうとする「転倒モーメント」に対し、擁壁の自重が倒れを止める「抵抗モーメント」として働きます。判定は、両者の比である安全率と、合力の作用位置の2つで行います。合力の作用位置が底面幅の中央1/3の範囲内にあれば、底面に引張りが生じず安定と判断できます。
滑動に対する安定は、擁壁が土圧に押されて前へ滑り出さないかを確認する計算です。滑らせようとする力は背面土圧の水平成分です。これに抵抗するのが、擁壁の自重によって底面に生じる摩擦力です。摩擦力を水平力で割った値が滑動に対する安全率となり、常時で1.5以上を確保するのが標準です。摩擦力が足りない場合は、底版を広げるか突起(せん断キー)を設けて対応します。
地盤支持力に対する安定は、擁壁が地盤にかける荷重に地盤が耐えられるかを確認する計算です。擁壁の荷重は基礎地盤で支えますが、土圧による偏心で地盤反力は前側に偏ります。この最も大きい地盤反力が、地盤の許容支持力度を超えないことが条件です。超える場合は、基礎を広げる、地盤改良を行う、杭基礎にするといった対策を検討します。

擁壁計算を始めるには、背面にかかる土圧と、各項目で満たすべき安全率の基準値が必要です。土圧の大きさが計算全体の入力値になり、安全率の基準が合否を分ける物差しになります。ここでは、計算の土台となる主働土圧の式と、転倒・滑動で用いる安全率をまとめます。
背面にかかる土圧には、擁壁がわずかに前へ動くときに最小となる「主働土圧」を用います。主働土圧の合力Paは、次の式で求めます。
Pa = 1/2 × γ × H² × Ka
γは土の単位体積重量、Hは擁壁高さ、Kaは主働土圧係数です。Kaは内部摩擦角φから Ka=tan²(45°−φ/2) で計算します。土圧係数や受働土圧との違いは主働土圧とは(解説記事)で詳しく解説しています。上載荷重がある場合の扱いは載荷重を考慮した擁壁設計をご覧ください。
転倒と滑動は、それぞれ「抵抗する力÷崩そうとする力」で安全率を求めます。転倒は抵抗モーメントを転倒モーメントで割り、滑動は摩擦抵抗力を水平土圧で割ります。求めた値が下表の基準を満たせば安定と判断します。地震時は基準がゆるみますが、まずは常時の値を確保することが基本です。
| 検討項目 | 計算方法 | 常時の基準(目安) |
|---|---|---|
| 転倒 | 合力の作用位置e | 底面中央の1/3以内(e ≦ B/6) |
| 滑動 | 摩擦抵抗力 ÷ 水平土圧 | 1.5 以上 |
| 支持力 | 最大地盤反力 ÷ 許容支持力度 | 1.0 以下(反力が許容値以内) |
出典:__農林水産省|農道(技術書・設計)__

擁壁計算の流れは、重力式擁壁の数値例で追うと理解しやすくなります。ここでは、高さ3.0m・底版幅1.8mの擁壁を例に、土圧から安全率までを4ステップで計算します。数値は理解のための設定例です。実際の設計では現地の土質試験値と地盤調査結果を用いてください。
計算例の条件
| ステップ | 計算内容 | 結果 |
|---|---|---|
| ① 土圧係数 | Ka=tan²(45°−30°/2) | 0.33 |
| ② 主働土圧 | Pa=1/2×18×3.0²×0.33 | 約27kN/m |
| ③ 滑動の安全率 | μ×W÷Pa=0.5×95÷27 | 約1.76(≧1.5 OK) |
| ④ 転倒モーメント Mo | Pa×H/3=27×1.0 | 27kN・m |
| ⑤ 抵抗モーメント Mr | W×作用距離=95×0.9 | 85.5kN・m |
| ⑥ 合力の作用位置 e | B/2−(Mr−Mo)/W=0.9−0.62 | 約0.28m(≦B/6=0.3 OK) |
このように、条件を式に代入すれば各項目の値が順に求まります。滑動の安全率は1.76で、基準の1.5を満たします。転倒は、合力の作用位置eが底面中央の1/3(B/6=0.3m)以内に収まるかで判定します。計算例ではe=約0.28mとなり、基準を満たします。あとは最大地盤反力が許容支持力度以内かを確かめ、3項目すべてが基準を満たして初めて「安定」と判断できます。

擁壁計算は、擁壁の種類によって重視する項目や自重の扱いが変わります。自重で抵抗するタイプと、底版に乗る土の重さも使うタイプに大きく分かれます。代表的な3種類の違いを押さえておくと、計算方針を立てやすくなります。
| 種類 | 抵抗の仕組み | 計算上のポイント |
|---|---|---|
| 重力式 | 擁壁自身の重さ | 自重が大きく転倒・滑動に強い |
| もたれ式 | 自重+背面地山 | 地山にもたれる分、断面を小さくできる |
| 片持ち梁式(L型・逆T型) | 自重+底版上の土の重量 | 底版上の土の重さを抵抗に算入する |
重力式擁壁は、擁壁自身の重さだけで土圧に抵抗する形式です。断面が大きく重いため、転倒と滑動に対して安定させやすいのが特徴です。計算では自重による抵抗モーメントと摩擦力が主役になります。もたれ式は背面の地山にもたれかかる形式で、安定した地山があることが前提です。地山の状態が計算の妥当性を左右するため、地質の確認が欠かせません。
片持ち梁式擁壁は、鉄筋コンクリートのL型や逆T型の断面をもつ形式です。この形式の計算では、底版の上に乗る背面土の重量も抵抗要素として算入できる点が重要です。土の重さを味方につけられるため、重力式より断面をスリムにできます。一方で、たて壁や底版が曲げに耐えるかという「部材の断面計算」も必要になります。安定計算と断面計算の両方を行う点が、重力式との大きな違いです。

擁壁計算は手順自体はシンプルですが、条件によっては専門的な設計や法的手続きが求められます。特に高さのある擁壁や、宅地に関わる擁壁は慎重な対応が必要です。最後に、実務で押さえておきたい注意点を整理します。
高さのある擁壁は、計算だけでなく法令上の手続きが必要になる場合があります。建築基準法では、高さ2mを超える擁壁は工作物として確認申請の対象です。宅地造成の区域では、宅地造成及び特定盛土等規制法にもとづく許可や技術基準の確認も求められます。手続きの要否は自治体で異なるため、着手前に管轄窓口へ確認してください。
出典:__国土交通省|宅地造成及び特定盛土等規制法__
擁壁計算は、規模や重要度に応じてソフトや専門家の活用を検討してください。安定計算に加えて地震時の照査や部材の断面計算が必要な擁壁は、手計算だけでは負担が大きくなります。市販の擁壁設計ソフトを使えば、土圧から安定計算までを一貫して処理できます。公共工事や高い擁壁では、構造設計者による照査を受けることで、手戻りや安全上のリスクを減らせます。
転倒・滑動・支持力の3項目は、いずれも欠かせません。どれか1つでも基準を満たさなければ、擁壁は安定と判断できないためです。ただし実務では、背面土圧が大きいと滑動が、地盤が軟らかいと支持力が問題になりやすい傾向があります。3項目を確認したうえで、条件に応じて弱点になりやすい項目を重点的に見直してください。
小規模で条件が単純な擁壁は手計算でも対応できます。式が明確で、検算にも向いているためです。一方、高さのある擁壁や地震時の照査が必要な場合は、擁壁設計ソフトの利用が現実的です。入力値の管理と再計算が容易になり、確認申請用の計算書も出力できます。規模と提出書類の要否で使い分けてください。
常時の滑動では、安全率1.5以上が標準的な目安です。転倒では、合力の作用位置が底面中央の1/3以内に収まることが条件になります。支持力では、最大の地盤反力が地盤の許容支持力度を超えないことが求められます。地震時はこれらの基準がゆるめられますが、採用する基準値は準拠する指針や自治体の規定に従ってください。
【お役立ち情報】
コメント